「同一労働同一賃金」なんてできっこない!!

「同一労働、同一賃金」 簡単に説明すると、パートでも社員でも、契約社員でも同じ仕事をすれば同じ賃金が貰えるということ。 欧米では当然の労働慣行です。

ただし、この大前提となるのが、「仕事に人を割り当てている」ということ。個人が担当する仕事の範囲や責任がはっきりしている欧米だからこそ出来る制度です。

例えれば、スーパーのレジ係。一定の処理能力であれば、例えパートだろうが、社員であろうが時給換算の給与は同じであるということ。

給与の決定要素に、年齢や今までの経験、役職、今までの給与など一切含まれません。

 

欧米では主に先ず仕事があり、そこに人を割り当てます。まずは仕事有りきです。

採用時や契約更新時に、その人が担当する業務の範囲、責任、会社が期待する目標等事細かに規定されます。

それを達成する事を前提に給与が決まります。つまりは、その仕事を他の誰がやっても同じ成果であれば給与も同じことになります。

また、もし目標などが達成出来ない場合は解雇となることも一般的です。

 

一方日本の仕事の割り振りはというと、”人に仕事を割り振り”ます。先ず人有りきです。

よって年齢、経験、今までの功績等を勘案して給与額が先ず決定します。

そして次にその人にやってもらう仕事が割り振られます。欧米の仕事のやり方とは全く異なるのです。

だからこそ日本の雇用契約書には職務に関して簡単な記載しか説明しかされていません。

例えば「営業」など。そこには営業として目標も仕事の範囲も責任も何の記載も有りません。

なぜなら営業職のAさんに対して給与が決まるからです。

また日本では、仕事が出来ないからと言って簡単に解雇も出来ません。もし裁判になれば、「再教育した?、他の仕事をあてがった? 否なら不当解雇だ!」となります。

 

では実際の労働の現場がどれほど違うのか、私が見聞きした範囲で記載すると、

1)社長が率先してトイレ掃除をすると日本では美談になる。

一方欧米でこれをやっても、おそらく誰も賞賛しないし、また株主から間違いなく首を切られる。

トイレ掃除は社長がする仕事ではないと(欧米では社員すら部屋の掃除をしません。掃除は主に移民がやる仕事だと思います。)

2)デパートの売り子。売り子に対し「○○は何階ですか?」 と聞くと日本では、即座に「○階です」と笑顔で返事が返ってきます。一方欧米では、殆どの場合「インフォメーションで聞いたください」です。

3)お店の閉店時間も日本とは大分異なります。日本では閉店時間までに入店すれば、何とか買い物が可能なところが殆ど。

閉店時間の後しばらくたって「蛍の光」、「一部消灯」、「閉店のお知らせ」「閉店」となります。

一方、欧米では、閉店時間ぎりぎりに行くと入店を断られます。そして閉店時間には入口が施錠され店員は家路に向かいます。

4)事務所もしかり。就業時間の10分ぐらい前から一般社員は帰り支度を始め、終業時刻には席を立って、「また明日!!」。

終業時間後に残るのは、管理職の一部のみ。日本の様に営業時間外に電話が通じることも有りません。

5)日本では、誰かが有給休暇を取得しても、誰か他の人が通常穴埋します。よって有給休暇中でも対外的に仕事は殆ど滞らない。

一方、欧米(特にイタリアなど南欧)では、「彼は有給休暇中です。戻ってきたら連絡させます。」でおしまい。

戻ってきて仕事の遅れを指摘すると「有給休暇だったから」でおしまい。

 

だったら日本も人に仕事をあてがえば良いじゃないか?

でもそう簡単には行きません。

この違いは何十年、いや何百年とはぐぐまれてきた文化の違いだからです。

日本は組織で働き、個人の責任も不明確、責任は組織全体で一般にとります。そういう働方しか日本人は出来ないのです。

一方欧米は、個人が最大限の能力を発揮する事が期待され、個人の責任も権限も明確です。仕事のやり方が違うのです。考えが違うのです。文化が違うのです。

 

日本人には日本人に合った働き方が有るのです。そしてその働き方は、同一労働同一賃金には向いていないのです。

そして、日本人に合った働き方こそが、労働生産性を悪くし、その結果として長時間残業の恒常化や、有給休暇が取りにくい制度、ひいては、女性の社会進出を阻害し、出生率まで下げているのです。

でも日本人はそれを自分の力では変えられないのです。 無意識に日本人は組織を重んじ、個性を排除する国民だからです。

回りを見渡してみてください。

町を走る車の色は殆どが、黒か白かシルバーたまに赤。

サラリーマンは殆どが紺・グレーのスーツ、中高生は学生服、接客業では制服を着るのが当たり前。

こんな国先進国では日本だけです。資本主義、自由主義とはとても思えない文化風習です。

 

まずは、「お客様は神様」という考え方辞めませんか? 学歴偏重社会辞めませんか? 子供を塾に通わせるの辞めませんか? 皆と同じことをすること辞めませんか?

将来、働きやすい日本を作る為に、先ずは、まずは目の前の常識・習慣を少しづつ変えてみませんか?

ワークライフバランス?? 女性の社会進出? 何しても変えられない日本文化!!

昨今、やれ女性の社会進出だ、ワークライフバランスだ、育メンだといった言葉が新聞や雑誌を飛び交っています。また欧米では、男性が家事育児に参加する時間が長いとか、長期の有給休暇を取得するとか、はたまた同一労働同一賃金だとか。。。。

私からすると結局は無い物ねだり。 隣の芝生は青く見えるだけ。 目指した所で根本的な働き方が違うのだから、叶いっこないと!! そう日本人は男性が長時間はたらき、女性は家庭を守る事を前提につくられた社会だからです。

私は、20代にオーストラリアとドイツにそれぞれ1年ずつ住んでいたことが有ります。その時体験したことを交えて日本が変わらない理由を検証してみましょう。

ドイツ・オーストラリアと日本の働き方の圧倒的な違い

終業時間になったらさっさと帰る。残業はしない。自分の仕事のみに専念。

ドイツもオーストラリアも閉店の時間になったら当然店はシャッターを下ろします。閉店時間10分前ぐらいからは入店を拒否する場合も有ります。

同様に終業時間になった途端、席を立ち帰路に付きます。終業時間の10分前ぐらいから帰り支度を始め定時になったら See you! Have a good evening!! と言って帰っていきます。

週末、夜は基本的に店も職場も皆しまっています。ドイツでは24時間営業なんて有り得ないし、スーパーが夜遅くまであいている事も法律で禁じられています。!!

仕事の割り振り方も違います。自分の仕事しかしません。 デパートの売り子に○○はどこで売ってますかと聞けば、「インフォメーション で聞いてください」、会社でも、雑務をお願いしようとしようものなら、「私の仕事では有りません」。 その分責任の所在も明確です。

一方日本はどうでしょうか? 閉店時間前に入店した客の買い物が終わってからの閉店、30分程度の残業は当たり前、週末も夜も多くの店が営業しており、全国24時間営業のコンビニが当たり前。デパートの売り子はどこで何が売られているか大体把握しているし、仕事の範疇が曖昧な分自分の仕事以外の仕事もする。ただしその分責任の所在が不明確。よって一度問題が起これば解決まで長い時間が必要となる。。。。

以上をだけを見ても、どれだけ日本人が働くのが好きかが分かるでしょう。 仕事時間が長い分、仕事の密度は当然下がります。その結果が日本の1人当たりの労働生産性の低さです。先進国では最低レベルです。

では上記の非効率な日本人の働き方、簡単に変えられるでしょうか? いや1つでも変えることが出来るでしょうか?

24時間営業のコンビニが常態化し、スーパーや小売店も夜遅くまであいている、飲み屋も24時間営業、週末も店は殆どが営業している。されに、「お客様は神様です」と洗脳され、営業マンも販売員もお客の時間に合わせるのが当たり前。 確かに便利な社会かもしれません。でもその便利さ、顧客至上主義の裏返しが長時間労働に他ならないのです。

でもそれが日本の文化なのです。 何百年も掛けて培われた私たち日本人の生活なのです。

だから制度を作っても、助成金を支給しても変わりません。

ちょん髷をいまだに結っている日本人

先日、社員と話していてこんな結論に達しました。
「日本人は、いまだに眼には見えないちょん髷を結っている」と。

当然本当は結っていないので見えません。しかし、ちょん髷を結っていた頃と同様な「武士の精神」(つまりは見えないちょん髷)が、今の日本人の血の中に脈々と受け継がれていることに気付き驚愕した一瞬でした。

自殺 = 腹切り

年間3万人もの人が自殺して自らの命を絶ちます。一説によるとこの人数は実は11万人という話も。なんと遺書が無い自殺は自殺とカウントされないとのことです。

 3万人にしろ、11万人にしろ異常です。20代と30代の死因トップは自殺です。

 なんでこんなに自殺者が多いのでしょうか?

 私はその理由が、ひとえに「敵に背を向けてはいけない」という武士道の精神 つまりは「やり直しを許さない日本の文化」にあると思います。

敵に背を向けてはいけない

 江戸時代、武士道では、敵をいきなり背中側から襲うことは卑怯とされたそうです。また、逃げること、敵に背を向けることは、恥とされたので、背中を切られることは敵に背を向けた、とも解釈され恥とされることもあったといいます。

 一方現代はどうでしょうか? 過労自殺の記事を読むたびに、なぜそこまで追い込まれる前に、そして自分を追い込む前に会社を辞めないの? といつも思ってしまいます。もしくはそうなる前になぜ家族や友人に相談しないのと。

 一方で私自身も、回りからは仕事や部活その他を途中で放り出すことは無責任で恥ずべき行為と教えられてきた気がします。(但し私の場合は父の教えが「常識を疑い、自分の意思で考えろ」だったので、何度も逃げ出しています。仕事も・・も)
おそらく日本全体に未だに「敵に背を向けてはいけない」という武士道の考え方(ちょん髷)が浸透しているとしか思えません。

やり直しを許さない日本の文化

 「日本は、やり直しを許さない文化」であると思います。

 失敗は悪いことであり、失敗したらハイお終い。「死んでお詫びをする」等という諺すらあります。この文化は、自殺の多さや、敵に背を向けてはいけないに相通ずると思います。

 就職に失敗し、派遣社員やアルバイトを選んだものは、そののち正社員としての道が狭まり、結婚すら出来ない。転職が多い者は、所属意識が希薄と見なされ採用を敬遠される。一方経営者も一度会社を倒産させると中々再起できない。

 また失敗を許さない文化だからこそ、個人は失敗する事を酷く恐れ、挑戦をしない気質になり、また組織も失敗する事をやたらと恐れるあまり、責任の所在を曖昧とし、意思決定は往々にして遅くなる。

 今も多くの会社で行われている、報告会の意味合いしかない会議、稟議制度、これらほとんどは、江戸時代の「五人組制度」というちょん髷(連帯責任、相互監視の考え方)が現代に形を変えただけなのではないでしょうか?

男は目に糸をはれ

 昔の諺になった気がしますが「男の目には糸を引け,女の目には鈴を張れ」と言うのがあります。一般的に「男の目はまっすぐにきりりとしたのがよく、、、」の意味につかわれるようですが、実は前半の部分、男たるもの、心を読まれないために、常に無表情を保てと言う武士道の精神から発したと聞きます。

 嬉しくても悲しくてもそれを出すな、男は歯を見せてはならない、感情を人前で見せることは恥であるという文化(ちょん髷)が今でも色濃く日本には残っている気がします。 その結果自分だけでストレスをため込み、精神的に支障をきたし自らの命を絶つひとが多いのではないでしょうか?

筋トレしていて感じた日本人の非効率さ!

ジムでの協業? 国際比較

元々痩せていたせいですが、逞しく(つまりは女性にもてたくて)高校時代からジムで筋トレを始めました。途中何度もとぎれとぎれになりましたが、今でも週2回はジムに筋トレに行っています。

オーストラリアとドイツにそれぞれ1年住んでいましたが、その間もジムで筋トレをしていました。
このページではジムでトレーニングしている人を通して見えてくる日本人の非効率性を解説します。

マシンは、他人と交代で使うのが西洋諸国の常識!

筋トレをする際、1セット(通常は10回)を終了した後、次のセットに入るまでに通常3分ぐら いの小休止を入れます。西欧(少なくとも私が居たドイツとオーストリア)では、この間、近くに同じ用具を使いたい人がいれば快くその人に用具を譲ります。 そしてその人が1セット終わったら次は自分の番、そしてまた譲る。。ジムが混んでいる時間帯は、1つの器具を大体3人ぐらいで回します。

一方日本のジムでは

日本のジムでも気の知れた関係になると1用具を交代で用いているのを何度かは目撃しています。
しかし大方は、その種目(通常10回1セット×4-6回)が終了するまでその用具を独り占めします。

セットの間に小休止している方に「小休止の間、1セットやらせてもらえますか」と聞きくと、決 まって相手は、不満の形相でその用具から去っていってしまいます。 時には「俺がまだ使ってるんだ!」と怒られることも有ります。 「好いですよ」と快く 答えてくれる方は数パーセント程度しかいません。

以上より何が言えるか?

以上より単純に考えると、日本のジムでは用具が30台あれば30人しか一度にトレーニング出来ないことになります。

一方、西欧(少なくとも豪州とドイツ)では90人が同時にトレーニング出来ます。

どちらがトレーニングする人にとって、そしてジムの経営者にとって効率的かは明白です。トレーニングする人は小休止以外の待ち時間が少なくなり短時間で筋トレを終了する事が出来ます。また経営者は時間当たり3倍の売上を上げることが出来ます。

以上の様な日本人の特性は、何もジムに限ったことでは有りません。

オフィスの中でも同じことが・・・

交渉、残業、有給休暇など多方面に影響あり!

上記のジムでの日本人の性質こそが、日本の労働時間を長時間化させ、かつ女性の社会進出を阻害し、かつ国際化に取り残された大きな原因の一つと社会保険労務士中島は考えます。

ジムでの日本人の特性は、人と協力して何かをやり遂げることを阻害します。例えばよくある日本の会議では、それぞれが案を考えその案のどれが良いかを多数決(又は社長の鶴の一声)で通常決定します。つまり1人が考えた案(を基本に)が最終結論になる場合が多々あります。

一方西欧諸国では、グループ単位で意見を出し合いグループの意見をまとめます。そして会議では 他のグループの意見を取り混ぜて最終的に1つの案に絞り込みます。 諺に「三人寄れば文殊の知恵」と言うのが有りますが、日本では例え会議に100人参加 しようがこれでは文殊の知恵になりっこありません。一方西欧では、最終案に100人の知恵が含まれることになります。国際競争下に置いてどちらの案が採用 されるかは、今の日本の状況から判断すると明らかです。

自分ひとりで仕事を抱えぜるを得ない日本人の悲しさ

会議を離れ、職場に目を転じてみましょう。日本では人に仕事を割り当てます。ジムと同様に一つの事を何人かで効率的に進める事が苦手だからです。一方西欧では仕事に人を割り当てます。一つの仕事を数人で効率よくこなすことが得意だからです。

だから、日本では「有る一つの仕事はその人しか分からない」という状態が多々発生します。その 人しか分からない、つまりはその人が休めば誰も分からない、だから有給休暇の取得もままならない。皆で効率的に仕事を進められない、つまりは1人で仕事を 抱え、残業せざるを得ない。。。。

一方西洋では、1つの仕事も皆で協業します。1人が休んでも他の社員が、又は上司が対応できる仕組みが社内に出来上がっています。だからこそ彼らは長期の有給休暇を取得できるし、また残業をしなくとも仕事が回るのです。

女性の社会進出が進まないわけ!

農耕民族の宿命。宿命はちょっとやそっとでは変えられない

政府は2020年までに管理職に占める女性の割合を30%にすることを目標としているそうです。 私そんな目標全く現実不可能と思います。

ではなぜ日本では、女性の社会進出が進まないのでしょうか?
私はそれが日本人の中に流れる『農耕民族』としてのDNAに由来すると考えています。

『狩猟民族』たる西欧人は、役割分担が重要です。ライオンの狩りもしかり、先ず追いかける人、襲いかかる人、しとめる人、そして全体を指揮する人、獲物を村に持ち帰ればそれをさばく人。・・

一方『農耕民族』は父ちゃんも母ちゃんも爺ちゃん婆ちゃんも基本的に同じ役割を持ちます。一緒に種まき、水やり、雑草刈り、収穫。

この何万年にもわたって受け継がれてきた仕事のやり方が、今の現代社会にも脈々と受け継がれています。

西欧では「仕事に人を充てがう」経理は経理、営業は営業、マネージャーはマネージャ、社長は社長の職務のみを行います。自分の仕事以外は何もしません。社長が毎朝トイレ掃除なんてもってのほか。即日株主から追放されるでしょう。

一方「農耕民族」の我ら日本人は「人に仕事を充てがいます」Aさんはこの仕事とこの仕事、Bさんはこの仕事とこの仕事。。 つまり1人1人の仕事が明確でなく組織として多くの人が多くの仕事を複雑にこなしているわけです。だからこそ社長がトイレ掃除も有りなのです。

という事はAさんの仕事を代わりに出来る人は、Aさんしかいないことになります。

だからこそ日本は有給休暇の取得率が50%をきるのです。
だからこそ第一児の出産で女性の約6割が退職するのです。
だからこそ女性の社会進出も進まないのです。

つまるところ日本はこの「農耕民族」が主流の内は何にも変わりません。変わるとすれば移民をもっと受け入れて農耕民族の比率が半分になる時でしょうか?

社会保険労務士、税理士は将来仕事になるのか?

私が考える近未来の税務(将来の税理士)

IT化の進展に伴い、会計帳簿の作成や、決算書類の作成は、大分簡単になりました。それ自体税理士にとっては脅威だと思います。さてこれからどうなるか?
私が思うに、決算の計算が簡単になった現在、税理士の存在価値は、仕訳のみ! でもその仕分けも、科目がレシートにバーコードで印字されるようになると仕 訳も自動でできるようになる。理論上はとても簡単なはず! そうすれば税理士に顧問料も払う必要が無くなるし、税務署の仕事も激減! でもそうならないの が世の常! 国税も税理士も仕事が減るので大反対するでしょう!

では、我ら社会保険労務士の将来は?

入退社や各種変更の手続き業務は電子申請の申請と共に減るのは必然! 残された仕事は就業規則の作成や、給与制度、人事制度の作成。でも社労士会は制度設計に関する教育を全くしない。 つまるところ社労士業務も税理士と同じように余り明るくなさそうだ。

士業(税理士や社労士、行政書士など)の存在意義は?

他のコラムに記載したけど、日本の法律は本当にいい加減。学者の解釈すら一致しない。当然、時期や場所により判決すらことなる。現場と司法、法律とのかい離が甚だしいのです。そこに士業の唯一の存在価値が有ると思います。

法律と実務のかい離が小さくなり、さらに縦割り行政が無くなれば、今の税理士・社労士の9割は廃業となるのではないでしょうか?

日本って本当に法治国家?

法治国家、本家ドイツと日本ではこんなにも意識が違う!!

私は趣味でダイビングに行きます。

有る時ドイツ人と海に潜ったとき、水深18Mを超えようとしたその時、私は巨漢のドイツ人にグイっとタンクを引っ張られ、水深計を見せられ「うちらのライセンスは18Mまでしか潜れない!」とえらい剣幕で指摘された事が有りました。
一方同じ時アメリカ人と潜ったときは20M超えても『OK! もっと潜ろうぜ』と全く18Mという基準を守る気配なし。
一方沖縄で日本のダイブショップのインストラクターと潜ったときはなんと最大深度31M。法に対する国民性がこんなところにもよく現れています。

別の例。
法律上日本もドイツも車より人間が優先。緊急回避時しかクラクションを鳴らし てはいけません。勿論信号の無い交差点は人間が優先。 でも日本は渡ろうものならクラクションを鳴らされ「お前死にたいのか!」と怒鳴られること多々。一 方ドイツでは必ず車が止まります。ドイツに以前1年ほど住んでいましたが、クラクションがなるのを聞いたことがほとんど無かったと記憶しています。法律は 必ず守るもの。これが徹底しているのがドイツです。一方日本はというと、見つからなければ(誰も見ていなければ)「まあいいか」、「大きく強い物が正義」 という意識を誰もが備えているのではと感じます。

法人は健康保険・厚生年金が加入義務、されど加入は60%。国民年金も約60%、NHKも60%。勿論法律なので払うのが正しいのですが、『正直者が損をする』にほんを顕著に表してる事項なのではないでしょうか?

なぜ社員の分まで社会保険料負担しなければならないの?

法律上は義務です。しかし。。。。

法律上、法人(つまりは株式会社、有限会社、医療法人など)は社員を健康保険、厚生年金に加入させる義務が有ります。ちなみに会社負担分の保険料は人件費の約13%。義務だから普通は当然ほとんどの会社が加入していると思うはず。
しかし実際は約4割の会社が加入していないという事です。ちなみにNHKの支払い率も、国民年金の支払い率も約6割です。

そもそも何で労使折半なの?

「会社は利益を得る分、社会的責任が有る為社員の保険料も半額負担する」などともっともらしく国は言います。でもそもそも年金を会社から徴収する仕組みは、先の大戦で戦時費用をねん出するために、お役人が考えた策略だということ知っていました?
それがまあなんと戦後何十年も経った今でも同じように運用されている事自体異常だと思います。
終身雇用が当たり前だった昭和の時代なら、給与の後払いとして納得できなくも有りませんが、終身雇用が崩壊した今、何で従業員の年金や、健康 保険の面倒まで会社が見なければならないのでしょうか? 多くの会社がデフレで苦しんでいるのに、会社が儲かっていようが無かろうが人件費の13%も保険 料で持っていかれるんですよ!!

さらにビックリすることに、年金に関して言えば、労使折半して国に納めたはずなのに、将来貰える年金額は支払った保険料より少ないっていうのはどういうこと?? 1+1< 2 の制度なんてどう考えても既に破たんしてますよ。

保険料もどんどん上昇に、そして更に高齢化になると会社に定年年齢を上げよと命令する。されど社員を解雇する事も難しい。でも周りを見れば相変わらず無駄な工事、無駄な施設、無駄な役人。。。。

こんなハチャメチャな国を救う手立てはやはり債務不履行、国家破たんしかないのでしょうか・・・

タイタニック ジョーク

タイタニック号が氷山に接触し沈没しかけている。
脱出ボートの数よりも乗客の数が倍近くに多い。
女性、子供、老人客を優先させると残りの男性客には厳寒の海に飛び込んでもらうしかない。

そこで船長は、スムーズに海に飛び込んでもらうため男性客に次のように言った。

イギリス人には 「紳士はこういうときにこそ飛び込むものです。」
ドイツ人に 「規則では海に飛び込むことになっています。」
イタリア人に 「さっき美女が飛び込みました。」
アメリカ人に 「海に飛び込んだらヒーローになれます。」
ロシア人に 「ウオッカのビンが流されてしまいました。今追えば間に合います。」
フランス人に 「海に飛び込まないで下さい。」
中国人に 「おいしそうな魚が泳いでます。」
北朝鮮人に 「今が亡命のチャンスです。」

韓国人に「日本人は皆飛び込みました。」

日本人に 「みなさんもう飛び込みました。」

みんなで渡れば怖くない的考えが国を滅ぼす

上記ジョークの日本人に対する記載は、日本の集団主義を揶揄した物です。昔北野たけしの流行った漫才で「赤信号みんなで渡れば怖くない」というのが有りましたが、実に的確に日本人の性質をとらえています。

一方こうした集団主義、画一主義が「出る釘は打たれる」的発想となり、それが今の日本の発展を阻害していると思います。

大企業は相変わらず新卒一括採用が主流であり、女性の活用はほとんど進んでいない。また成果主義が機能せず、結果としてグローバル化に取り残されるのは、会社・社員ともども『農耕民族』の家族の役割、組織の役割を引きづっているとしか思えません。
国も国で待機児童削減すらまならず。国、企業、そして国民三つ巴で相も変わらず保守的な日本は、今後益々『ガラパゴス化』し世界経済の進化から完全に取り残されてしまいそうな気がするの、ははたして私だけでしょうか?